2012/12/10

掃除は、自分をゼロに戻してくれる
座標軸のようなもの

フランス料理 コート・ドール オーナーシェフ 斉須政雄

コート・ドール オーナーシェフ 斉須政雄
コート・ドール オーナーシェフ 斉須政雄


プロフィール
1950年、福島県白河市生まれ。1968年、フランス料理界に入る。1972年六本木「レジャンス」入社をきっかけに1973年にフランスに渡り、12年間滞在する。その間「オーベルジュ・ド・カンカングローニュ」「ヴィヴァロア」「タイユバン」「ジェラール・パンゴー」「ランブロワジー」に勤め、帰国。1986年フランス料理「コート・ドール」の料理長に就任、現在同店オーナーシェフを務める

掃除は、料理人として至る道のりに等しい

「掃除は宝の山」とおっしゃっていましたが、その意味を教えてください。

お掃除。面倒だし、誰でも嫌ですよね。でも、同じやるなら楽しくやりたい。日本にはそういう職場はなかったです。でも、フランスに、お掃除ばっかりやっているオーナーシェフがいました。パリの三ツ星レストランの「ヴィヴァロア」のクロード・ペイオー氏です。今、78歳かな。出すものは群を抜いていました。掃除という下敷きがあって、掃除をすることと料理を作ることが、同一線上にあった。拭き方や手順など、料理に通じる決まりごとが細かくあって、これをクリアすることで職場になじんでいきました。このなじんでいくプロセスを料理を作ることにシフトすると、違和感なく作動したのです。当時僕は28歳。血道を上げて、青筋を立てて、ルセットをいくつ覚えて日本に帰んなきゃと思っている中で、こんな楽しい中でもちゃんと体得させてくれるんだってことを実体験させてくれました。カルチャーショックでしたね。料理ってこんなに楽しい仕事だったんだって。

どのように掃除をしたのですか?

みんな何も言わずにやっていましたが、そのうち「あの部分はああした方がいいね」「やっぱり、ムッシュ・ペイオーは分かっているんだね」とか、着替えながら従業員同士でどうやったら良くなるかアイデアが出るようになるんです。

あとびっくりしたのは、ムッシュ・ペイオーは、料理を出してお客さまから「おいしい!」と評価を得ると、お客さまを調理場に連れて来て「この子がつくったんだ」と紹介までしてくれるんです。こんな待遇を僕が受けていいんですか、と何のてらいもなくさせてもらったのは喜びでした。その時、フランスに渡って5年目です。そろそろ帰ろうかなと思っていたことですが、これは帰れないと思いました。このパリのお店がコート・ドールのスピリッツのもとになっています。

掃除から学んだこととは?

掃除って、面倒だし、得るものがないと思うけれど、骨、野菜、水で作るフォンドボーを思い出してみてください。フォンドボーと自分は、同線上にあるんです。フォンドボーは、時間を掛けて熱を加えることでおいしくなり、自分は怒られたり叱られたり、なだめすかされて、段々上手になったり、効率が良くなるんです。更に時間を掛けて煮詰めていくと至上のソースになるし、貴重な自分になるんです。掃除は、料理人として完成させられている道のりに等しいんです。

すべての発露は掃除にあります。良い循環の一番の座標軸。掃除は、いつもそこに立ち戻ってゼロにしてくれることだと思う。そして僕にそれを教えてくれたのはフランスです。

今の掃除の回数と方法を教えてください。

朝の仕込みが終わったら、食事して掃除、昼のサービスが始まって終わったら掃除、夜の仕込みを終えて、食事して掃除、夜のサービスが終わったら掃除の1日4回を全員でやります。通常やるところプラス天がいや下水など、どこかを1回やります。人間てね、汚れたところを避けて通るんです。でも、絶えずきれいにしていると汚されるのが嫌になるんです。オーナーシェフが上から目線でやれって言うんじゃなくて、従業員自らがそういう環境にしたいと思うことが大切です。

この店を誰よりも大事にしているのは僕です。鍋1つ、スプーン1本も僕のもの。26年間この店で働けて、それだけでも過ぎたる人生です。僕は、どこのだれべえの息子でもないし、店を持つことはできないだろうなと思っていました。でも日本に帰って来て、前オーナーと出会い、今日があります。人生って自分のがんばりや経歴ではなく、資質がすごく影響するんだなって思っています。

ピカピカに磨き込まれた厨房。1日4回厨房を掃除している
ピカピカに磨き込まれた厨房。1日4回厨房を掃除している

ここに来るとホッとする、そんな心でいます

従業員の方たちにいつもおっしゃっていることは?

「清潔、簡潔、おおらか」です。業界マニュアルは使わない。素人でいい。大汗かいて走り回っていい。皆ただの人。勘違いしないようにと言っています。

この店を改装する際、デザイナーにこの3つの言葉を伝えました。ゆったりとおおらかでみんなが休まる空間を作ってほしい。“家族のだんらんってすばらしいことなんだ”って、フランスで働いた時にそう思ったんです。ここに来るとホッとする。そういう心でやっています。現代は、ファストフードで買い食いして立ち食いして、だんらんの豊かさとか、意志疎通とか人と人とのつながりを、便利さにかまけて金に変えちゃった。昔は貧乏でも、人間性は豊かでした。今は近所づきあいもないし、常に気が抜けないです。便利さを享受する自分を捨てて、裸の自分に対峙する時代なのではないでしょうか。

コート・ドール
東京都港区三田5-2-18
三田ハウス1階
Tel:03-3455-5145

コート・ドール
コート・ドール

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