2012/8/20

独立とは、人の3倍働いて
3分の1の収入を得ること

分とく山 総料理長 野﨑洋光

桜のつぼみが膨らみ始めた3月下旬、本料理の名店「分とく山」で
野﨑洋光氏による目からウロコの「講義」が始まった。

野﨑 洋光氏
野﨑 洋光氏

野﨑 洋光氏のプロフィール
1953年、福島県出身。武蔵野栄養専門学校卒業後、和食の板前として東京グランドホテル、八芳園で修業。1980年に東京・西麻布のふぐ店「とく山」に入り、料理長に、1989年に支店、「分とく山」の総料理長になる。2004年アテネ五輪日本代表の野球チーム長嶋茂雄監督の希望で、総料理長を務めた経験もある。

野﨑 この中で将来独立したい方はどのくらいいますか? 店をやったら儲かると思ったら大間違いです。人の3倍働いて3分の1の収入だと思ってください。毎日働けばお金を使う暇はありません。人の店だから一生懸命仕事しないといけないんです。自分の店になったら一生懸命にやろう、と思って人の店をいい加減にやると、失敗します。独立した人は、いわば、シンガーソングライターです。おいしい料理を作ってもお客さまが来てくださらなかったら意味がないですよね。お金はなくても、人を呼べる力があるか。それは、人徳が一番大事なんです。以前、葉山にあった熊谷喜八さんの店に行ったら「野﨑さんフランス料理を食べに来て電車で帰ったらだめだよ」と当時私が住んでいた目黒まで車で送ってくれました。男でも惚れますよね(笑)。

お客さまがいらした時に
自分がそこにいないことが悔しいから、休まない

野﨑 以前の「分とく山」は、ビルの3階にある、14坪15席の店でした。私はお客さまが店を出てエレベーターで1階まで降りる前に、階段で1階まで走って降りてお見送りしました。自宅にお客さまが来た時に、皆さんは玄関先までお出迎えして、お見送りしますよね。お金を頂いているお客さまにそれをしないのはおかしいと思うのです。お客さまが本当に来て良かったと思われるのは、おいしい、まずいだけではないんです。私は、地方の生産者を訪ねることもありますが、毎日夕方5時には店に戻ってきます。お客さまがいらした時に自分がそこにいないことが悔しいのです。休みも今年に入って2日しか取っていません。厨房でいろいろと“実験”するのが楽しいのです。
皆さんは、料理書をたくさん読むと思うんですが、例えば煮魚を考えてください。煮汁が沸騰した中に魚を入れなさいと書いてあると思うんですが、魚のたんぱく質を固めて旨味を逃がさないということは、味も入らないってことです。タケノコのアクは米ぬかでは抜けません。私はいろいろと試してみた結果、ジアスターゼという消化酵素が含まれている大根にタケノコのえぐみを除く成分があることが分かりました。
しかしこれらは加熱すると効果がなくなりますので、大根おろしの汁と水、同量の合わせたものに対して1%の塩を加えて皮をむいたタケノコを生のまま1時間浸すのです。今日お出ししたタケノコも生ですよ。ボイルしていないのでタケノコの風味がするはずです。これは西洋料理でも使えますよね。
常に疑問を持ちながら仕事をしていると新たな発見があるのです。鍋磨きでも、どうしたら早くきれいにできるか考えたら楽しくなるはずです。

40歳で一人前になる努力をしよう

野﨑 人の倍働いて、これだけしか給料がもらえないと不満を言う人は何やっても得しないと思います。大変な部分から得られるものがあるのです。
「コートドール」の斉須政雄さんの厨房を見たことがありますか?フランス料理をやっている人は行かれた方がいいと思います。一日3回掃除をするそうで、厨房がピカピカです。仕事のほとんどは、片付けと掃除です。
朝から晩まで仕事をして、自分のやっていることを自分の言葉で証言できることが偉いんです。
以前、カメラマンの秋山庄太郎さんが私に言いました。「40歳まで人の話を聞く耳を持った方がいいよ」と。それは、焦らなくてもいいから40歳で一人前になる努力をしなさい、自分の哲学をそれまでに作り続けなさい、人間性、器量を持ちなさい、という意味だと理解しています。


名残り弥生御献立
日本料理は、季節を素材と言葉で表現する料理。桜のつぼみのあしらいや器を愛でながらおいしく頂いた。

前菜ピース豆腐
前菜
ピース豆腐
椀蛤「米編に参」薯

蛤「米編に参」薯
揚げ物帆立鮟肝挟み
揚げ物
帆立鮟肝挟み
御食事白す桜御飯
御食事
白す桜御飯

心に響くお話をありがとうございます。
皆さん、今日の感想をお聞かせください。

斉藤 ホテルの中にあるオープンキッチンのレストランに配属されたばかりです。お客さまから声をかけられるとすごくうれしいので、野﨑さんのお話が心に染みわたりました。実家は東北の小さな洋食店なので、いつか帰って継ぎたいと思っています。

野﨑 あなたはホテルの顔なんですよ。いつも笑っていてください。笑っていたら人が寄って来るんです。「いつもの子いないの?」って言われたらしめたものですよ。

金井 両親が農業をやっていてその影響もあって私は料理人の道に入りました。苦労しているところも見ているので知っているつもりでしたが、日々の仕事に追われて、作り手の熱意や苦労を忘れかけていました。そういうところもちゃんと考えて、料理を提供しないといけないと思いました。

野﨑 私たちは、手がかじかむような寒さの中や日照りのなかで仕事しているわけではありません。それだけでも農家の人に比べたら楽だと思いますよね。農業は一番格好良い仕事です。お父さん、お母さんを大事にしてください。

川端 最近まで、“自分の店を持ったらああしよう”と考えていたんですが、将来じゃなくて今やってもいいと思い始めました。

野﨑 コルシカの重本一夫シェフは人間的にとても魅力がある人。狭いけれどお客さまが気軽に来られる。あの店がレストランの原点です。やり方を真似て、「僕に任せてください」って言えるように仕事したら、最強になれます。

菅居 今はスーシェフという立場のある仕事をさせてもらって、原価や全体を見せてもらっています。自分でも料理に対してもいろいろ考えていたつもりでしたが、今日お話を伺ってまだまだだと痛感しました。完全オープンキッチンなので、お客さまに自信を持って薦められる料理をつくることが大事だと思いました。今だからできることを身に付けていきたいです。

野﨑 人の店じゃなくて、今が自分の店なんだと思ってシミュレーションをしてしまうんです。ノウハウを全部知ったら独立できます。

樋口 3年間洋食を経験し、その後エスニックをやってまた洋食に戻ったので、どっちに進んだらいいのか悩んだこともあったんですが、今日のお話を聞いて40歳までに進む道を決めて、今のうちにやれることを全部やろうかなと思いました。

野﨑 一番大事なことは、洋食とかエスニックとか和食とかではなく、自分の料理を作ることです。うちも西洋料理やれって言われたらやりますよ。

佐々木 人の3倍頑張りたいです。いろいろと勉強し、追求して行きたいと思います。

野崎 自宅でデスクワークを2時間してください。自分が厨房でやった調理の理論をノートにつけていけば、いつか自分だけの本が書けるんです。私は元々書くのは大嫌いなのであえて本を書く仕事を自分に課したのです。

鈴木 飲食店は、おいしい味が大前提ですが、思いやりの心が一番ですね。私は鉄板焼きにいるんですが、お客さまとお話する時、料理の話でも人生観の話でも、誰かの受け売りではなく自分の経験を話す時が一番自信を持って話せます。今日野﨑さんからいただいたお話は、野﨑さんご自身の人生のお話でしたので、説得力がありました。

皆さんいろいろなことを感じられたのですね。
野﨑さん、本日は誠にありがとうございました。

 

分とく山
東京都港区南麻布5-1-5(広尾駅3番出口徒歩3分)
電話03-5789-3838 営業時間/17時〜23時、日曜定休


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